
●今回のセカンド・アルバム『秉燭譚』は、ファーストの『丁酉目録』から約1年振りですが、ウワノソラ時代の活動から考えたら結構なハイ・ペースだと感じました。ヴォーカル含め全曲自身のパートのみになったことが影響していますか?
桶田知道(以下O):少なからずあると思います。それに、歌詞がある状態からの作業だったことは大いに影響しています。私が作詞した曲以外は全て詞先曲なので非常にスムーズでした。
●詞先で苦労した点はなかったですか?
O:もともと自分でも詞先で作曲していたのもあり、大きな苦労はなかったです。送られてきた歌詞もかなり体裁が整った状態だったので、レッテル(Aメロ,Bメロ等)に沿った展開も比較的イメージしやすかったです。ただ、そのままのやり方だと全体的にのっぺりとして面白くなくなってしまう可能性があったので、歌詞の本質を損なわない範囲でレッテル解釈を見直すなどの工夫はしました。
●作詞を担当した岩本孝太氏は、リード・トラック「トラッカーズ・ハイ」のMVでは監督を務めていたりとアルバムに全面的に参加していますが、どういった方ですか?
O:岩本君は高校時代から10年来の友人で、本作より作詞家デビューとなります。弊サイトにて彼自ら口にしているように、私に一方的に歌詞を送ってきては満足するというような少々風変わりな男です。
音楽趣味はまるで違うのですが、言葉選びのセンスや独特な詞世界にはずっと興味を持っていました。コンセプトの根幹を人に任せるのは大きな賭けですが、結果的にサウンド構想とも上手く合致しそうだったので全面的な協力を依頼しました。
●一方的に歌詞を送ってきて満足するというのはユニークですね(笑)。
確かにシンガー・ソングライターが、作詞を他の方に任せることは大きな賭けだと思います。全面的に依頼しようと判断したきっかけになったのはどの曲でしょうか?
O:おそらく「トラッカーズ・ハイ」と「コッペリア」だったと思います。というのも、この2曲が送られてくる以前にコンセプトのプレゼンを受けていて、今回は一方的な単発もので終わりそうにない…ついにその時がきたかと(笑)
対極な2曲ですが、これらを軸とした歌詞が続々と送られてきたことでサウンド面のバランスもとれはじめ、自作詞の2曲や「篝」を合わせた上でコンセプトの再解釈、それに伴う修正を経て、少なくとも我々の中では一貫性のあるものになりました。
●アルバム・タイトルの『秉燭譚(ヘイショクタン)』ですが、江戸中期の儒学者、伊藤東涯(いとう とうがい)の随筆集に同じものがあります。直接的な影響はないと思いますが、前作の『丁酉目録』といい、ソロ・アルバムのコンセプトに古風なジャパネスク・センスを持ち込んだのはどういった理由からでしょうか?
O:同名随筆の存在は恥ずかしながら後から知りました。
あくまでアルバム・タイトルに限っての話ですが、現体制とは違う東洋文化をコンセプトにしています。鎖国状態の日本で産業革命が起こったみたいなイメージです(笑)。
文化レベルは支配体制の依存によるものが大きいと思うので、世界の構図が違えば当然英語も世界標準じゃないこともあり得るし、「古風」の概念も変わっていたかもしれない。そういうSF的世界の中にありそうなパッケージを意識しています。
●そういうパラダイムシフト的発想は面白いと思うし、クリエイターを刺激するコンセプトの根源になると思います。そういった発想は愛読している小説、または好んで観ている映画からの影響もありますか?
O:小説も映画もあまり詳しくないのですが、影響はあります。主に歴史改変モノや架空戦記、サイバーパンクなどが好きですね。作品単体への興味から入る事がほとんどです。
最近観たのはフィリップ・K・ディック原作小説「高い城の男」のドラマ化作品です。とある時代までは史実通りゆえに、しっかりした時代考証が垣間見えるのでなんとも不思議な感覚になります。
●曲作りからレコーディングの期間は?
O:曲作りは昨年10月初頭から2ヶ月ほど、録音は今年の1月から3月初めぐらいです。
3月にライブがあったので、その準備で途中少し開きましたが4月初頭には全行程終了していました。
●アルバムのサウンド的には前作を踏襲しているようですが、機材やシステムで新たに導入した機材はありますか?
O:機材環境は前作と変わっていませんが、今回はマスタリング工程もあったのでそのためのプラグイン等は少し導入しました。
●「トラッカーズ・ハイ」や「逢いの唄」のポップスとしての高い完成度と、「篝」から「コッペリア」の流れや「高原のフラウ」のプログレッシブ・ロック的展開のバランスが本作でも面白いです。桶田君の中で様々なスタイルを消化している証拠だと思いますが、例えば「逢いの唄」は、ブルーアイド・ソウル~AOR的アレンジのフォーマットでも通用しそう。ウワノソラ時代に作った曲をソロ用にアダプトしたものもありますか?
O:ありません。ですが曲作りの際の手法やクセなどはウワノソラ在籍時と変わっていないと思いますし、「逢いの唄」に関してはアルバムの全容が見えていない初期段階で制作した曲で、他の曲に比べマシン由来のリズムっぽくないこともあり、もしかしたら違うアレンジでも成立するのかなとは思います。
●「逢いの唄」には肉感的なグルーヴを感じました。敢えてそれをシーケンサーの打ち込みでやっていることが、桶田君のセンスですしソロ・アルバムの個性になっていると感じますがどうでしょうか?
O:打ち込みでの表現については、一人での作業というスタイルに由来するものなので個性かどうかは分かりませんが、奏者不在の宅録環境下ゆえの統一感を出せるように心がけています。
前作では課していたDAW環境下での制約を取り払い、全体を通してサウンド幅も広がったと思っていますし、全曲ヴォーカルをとったことにより実質的なソロ・ファーストという位置付けになり、そういった意味ではより純度の高い個性的なものが出来たと思います。
●本作の曲作り中に特に影響を受けたアーティストやそのアルバムを挙げて下さい。
O:Sketch Show - 『Audio Sponge』
Talking Heads - 『Remain In Light』『Speaking in Tongues』
XTC -『Black Sea』
大島ミチル - 『Ico ~霧の中の旋律~』
岡田徹 - 『架空映画音楽集』
坂本龍一 - 『音楽図鑑』『千のナイフ』
鈴木慶一 - 『SUZUKI白書』『Records and Memories』『わかつきめぐみの宝船ワールド』(プロデュース)
平沢進 - 『Virtual Rabbit』『Sim City』『現象の花の秘密』『白虎野』
細野晴臣 - 『S・F・X』『Making Of Non-Standard Music』『源氏物語』
ヤプーズ - 『Dadada ism』
(順不同・敬称略)

作品に反映されているかどうかは分かりませんが、これらの作品が好きな方は本作も気に入っていただけるかもしれません。
●ファーストの際も影響を受けていたと聞いていたアーティストに加え、所謂ニューウェイヴが台頭していた頃のTalking HeadsやXTCの名盤が並んでいるのが興味深いですね。私が高校生の頃の愛聴盤でもあるので気になりました。
各アルバムのプロデューサーであるブライアン・イーノやスティーヴ・リリーホワイトがクリエイトするサウンドの影響から聴くようになったのでしょうか?
O:Talking HeadsやXTCに関してはあまり深く掘り下げず何となく良いなと思う上辺だけを堪能していたので影響はあまりないと思います。特に制作中はそれをしてしまうと、今作ってるものへの影響が出てきて色々見失ってしまう恐れもあるので。
ブライアン・イーノに関しては一時期よく聴いていました。学生時代の専攻の関係で実験音楽やミニマル・ミュージックをよく聴いていたこともあり、環境音楽の先駆者であるイーノもその流れで聴きはじめました。
●最後に本作の魅力をご自身で挙げてアピールして下さい。
O:単曲で聴くと前後半とで毛色が違う印象を抱かれるかと思いますが、通して聴いていただけるとまた違う印象を抱かれるかと思います。歌詞にも注目していただくとより一層楽しんでいただけるかと思います。